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「アップル・マッキントッシュ」
Apple Lisa 発売1983年1月 初の本格的GUIパソコンだったが、、。![]()
Apple Macintosh 128kb 発売1984年1月
幽かな可能性を読むスティーブ・ジョブズの美学 アップルのマッキントッシュは企業として産声を上げて、まだ10年にも満たなかった時分の出来事であり、 これが社会にデビューしたばかりのパソコンの革命児となると誰が予想しただろうか。 それは際どい綱渡りのような商品開発だった。 通称マックの前には発表したばかりのリサ(Lisa)が叩き台としてあり、そのリサはゼロックス社の研究 所のパロアルト研究所によるアルトを参考にしたとされている。この話は在籍していたアラン・ケイが発 表しているパソコンの概念、ダイナブックまで遡なければならないが、ここでは割愛する。 とにかく、パソコンを使いこなすには膨大な説明書を読んで暗号を打ち込むような作業を強いられたが、 それをGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)で解放する試みである。それが成功すれば、 高価であっても売れるだろうと目論んだリサは300万円が壁となり最初から販売不振だったため、よりパー サナルな位置付けで開発されたのがマッキントッシュだった。 RAMが1MBもあったリサに対して、最初のマックは僅か128kb、モニターは12インチから9インチとしてコス トダウンを計った。一方、フロッピーディスクは5インチか出来たばかりの3.5インチを採用、またキア ノン製のレーザープリンターも取り込んでデジタル印刷(DTP)への道を開いている。 9インチ・モノクロモニターでは「話にならない」と考えず、そこから広がる可能性を見越して徹底的に 理想を追い求めた姿は至るところに散見出来る。鼻持ちならない傲慢な若僧(ジョブズ)の放った成功と 課題は日本企業にとって到底理解の及ばない領域だが、ここから目を背けては決してならない。
出来たばかりのSONY製3.5インチフロッピーディスク
GUIの基本でもあるアイコン、スーザン・ケア作の見事なデザインだった。
マックのGUIを適格に表したソフト、マックペイント。
ビットマップながら最初の本格的お絵書きソフトだった。
全く不釣り合いだったが、DTPの概念には欠かせなかったレーザーブリンター
1985に早速登場したアルダス・ページメーカーは「DTP宣言」ソフトでもあった
有名な「WYSIWYG」の概念をいかんなく発揮した、貴重な第一歩となった記念碑的存在だ。
その後の発展は衆知の通りだが、あの小さなマックにこれだけのポテンシャルを読んでいたジョブズには感嘆する しかなく、当時、日本では誰も理解出来ていなかった。
それは一年語にマックのメモリが512kbに増設されて日本語も何とか使えるようになったものの、とにかくスピード が遅く、写真などを取り込んだら数分は次の作業に移れず、とても仕事にならなかったからだった。 3年後、上級モデルであるマッキントッシュllが発売され、メモリは2MBとなったが、うたい文句のDTPマシンに はほど遠く、高額なグラフィック・アクセレーターを用いても動作はスローだった。
ジョブズの夢が完全に開花しない段階で追放され、10年後に復帰するが、「スピードの問題」から解放されたのも その頃で、DTPは印刷業界に大きな業態転換をもたらすのだった。
マック発表の半年後に日本の朝日、毎日、読売、日経などの見開き全面広告。AD鈴木八朗、イラスト−ペーター佐藤
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