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「深澤直人とWITHOUT THOUGHT」

深澤直人とWITHOUT THOUGHT

「考えない。しかし、体はしっかりと感じとっている。」
本当に新しい概念はなかなか直ぐに理解されることはない。深澤直人の提唱した「考えないデザイン」、「無意識のデザイン」として使われた「WITHOUT THOUGHT」はまさにそれだった。
市場調査と称して既存の商品を調べまくり、社会の動向を観察し、人々の日常を解析してから、どのようなデザインが良いかアイデアスケッチを描く。何枚も何枚も描く。血の滲むような努力を朝から晩まで続け、それが終わったら今度はラフモデル。「ああ、面倒くせぇ」とか思っていると、そこに上司が表れて「何だぁ、このデザインは!最初からやり直せ!」と来たりする。まるで一つの修行の世界なのである。
そういうデザインの現場に「(深く)考えないデザイン」の大切さや「無意識下にあるデザインのポテンシャルを重視する」深澤直人の考え方が説かれることになる。冒頭の文章は氏自身がこのコンセプトを説いている一九九九年発行の「WITHOUT THOUGHT」に掲載されている文章である。
「WITHOUT THOUGHT」はダイヤモンド社が主催したワークショップのタイトルでもある。この難解な、直訳することが難しい言葉でよく受講者が集まったものだと感心するが、既に毎年一回のペースで十回以上続いている。参加した受講者の作品は発表会で展示され、小冊子に収録される。必ずしも製品となり、商品として販売されるものには結びつかないが、一つ一つのデザインは存在感があり、あらゆる角度から楽しく見ることが出来るものばかりで、まさに深澤マジックである。
こうした深澤コンセプトが説得力を持ったのは無印良品から発売された「壁掛け式CDプレイヤー」とauの携帯電話機「インフォバー」が2000年と2002年に相次いで発表され、大きな反響と共に、従来に無い発想が注目されたという幸運も手伝っている。
「CDプレイヤー」は音楽を聴くメディアとしてカセットテープから引き継がれている絶対的な存在だった。そのCDをまるで換気扇のようなボディーに組み込んで、紐を引っ張って操作するなんて誰が今まで考えついただろうか。しかも、それは誰もが思いつきそうなアイデアで、まさに「WITHOUT THOUGHT」を地で行くようなデザインだった訳である。
次に注目が集まったのはauの「インフォバー」。確かに基本設計こそ理に適ったものだった。若い女子が特異とするキー操作、親指プラインドタッチがしやすい大きなボタンと本体いっぱいに広げられたキーボート。これは携帯電話機の汎用ユニットが使えなかったから、メーカーから敬遠され、鳥取三洋に決定するまでに紆余曲折があったという。しかも、基本設計をベースに4種類のデザインがあったが、その中に「錦鯉」という、かなり際物のデザインが含まれていて、当事者達はそれを理解し受け入れるのに大いに悩ませた。結果的に、その「錦鯉」は若い女性に絶大な支持を得て、プロダクトデザインの在り方や企画の決定の仕方にまで大きな影響を与える歴史的なデザインとなった。
以降、深澤直人を取り巻く環境は激変し、プラマイゼロを先頭に、深澤テイストのデザインは猛烈な勢いで広がる結果となる。それは日本国内だけに留まらず、世界の第一線の企業のデザインにまで拡張し、高い評価を得ている。そのデザインプロセスはまさに「WITHOUT THOUGHT」が背景にあるような、ごく自然に私達が受け入れてしまうものばかりであることに注目しておきたい。




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