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ブックレビュー集






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●SHUNGA 永青文庫 春画展日本開催実行委員会編(図録) 2015

2013年10月〜14年1月ロンドンの大英博物館(日英交流四百年記念)「春画展」が開催され、約9万人余が来場し、話題になった。
原題は「Shunga : Sex and Pleasure in Japanese Art」。未成年であっても保護者同伴で入場出来たことに驚いてしまう。
その完全な凱旋展は実現しなかった「春画展」(永青文庫・2015年9月〜12月)の図録。サイズが261×151ミリ、厚みは62ミリという
異色なものだが、書籍として過去に例を見ないほど美しさが際立っている。(アートディレクション−高岡一弥)和綴じで背表紙はな
く、つまり書店で販売することを放棄、切り捨てることで、より崇高で清清しい書物の作成に成功している。外国人もビックリだろう。

開催に紆余曲折があり、ようやく手狭で大美術館とは言いがたい永青文庫なれど、来場者は大英博物館の9万人を大きく上回る21万人
を記録。さらに、6割が女性だった!その最大の要員はイベント全体のビジュアルデザインの功績にあったと思う。
浮世絵としての春画を現代風の切り取られ、再構築された美しさ。江戸時代の人達が百五十年後に、こんなことになっているとは夢に
も思わなかった?
大英博物館の「春画展」が先行した事実や、日本においては18才未満は入場禁止だったこと、女性の来場者が席巻し、会場が今までに
ない明るい雰囲気だったことなど、あらゆる意味でエポックメイキングな催事であり、出版だった事は間違いない。



●bauhaus オートヴッヒ・グローテ 講談社 1971

「バウハウス50年」世界巡回展(東京国立近代美術館)図録。表紙デザインはヘルベルト・バイアー。背表紙にbauhausと
ある。220×220mm 406page。日本語に翻訳されており、絵画から工業製品、写真、彫刻、織物など幅広く収録されている。¥4,800
バウハウス関連の書籍としても、思いきり単純化されたカバーデザインが印象的で、70年代のグラフィックデザインとしても異彩
を放っていた。工業デザインのジャンルとして見ても、日本はまだまだ意識が低く、これは残念ながら今日においても変化がない。
印刷技術こそ当時のレベルだが、デザインに対する意識の高さを示す総合的な目標、鏡として忘れ得ぬ存在であり続けている素晴ら
しい図録である。



●「日本の近代デザイン運動史」1940〜1980年代 工芸財団編 ぺりかん社1990

完全無欠、取りこぼしゼロとは行かないが、これ以上望むべくもない、大変に力の入った書物である。
ただ、失礼ながら金子至氏による気負いの無い装幀は写真も今一つ少なく、政府刊行物白書的なデザインなので、書籍としての「紺
屋の白袴つを感じさせる点が惜しまれる。
執筆陣は超豪華である。
内容は「章」別に、デザイン運動の復活、啓蒙運動、組織の結成、教育制度の充実、行政活動、近代日本調、各業界の活動、産業化
の傾向、合理化および体系化、国際活動、環境問題、情報化時代と多様化とあり、最後に年表が付してある。
全般に改竄された史実は認められず、執筆者の真摯な態度が際立っている貴重な一冊となっている。



●「デザインの軌跡」 日本デザインコミッティー 商店建築社1977

美しい装幀は永井一正デザイン。
過去、約20年のデザインギャラリーの歴史と、コミッティーメンバーによる対談が収録されている。
吉坂隆正×長大作 森正洋×柳宗理 石井幹子×松本哲夫 亀倉雄策×永井一正 粟辻博×伊藤憲治 小池岩太郎×岩崎信治
勝見勝×福田繁雄 松村勝男×水之江忠臣
冒頭、座長として勝見勝氏がデザインの啓蒙について述べているが、同時に新しいデザインを世に送りだそうとする気概に溢れて
いたことが確認出来る。

※柳宗理氏が森正洋氏との対談の中で述べている。「、、若い人に圧迫感与えちやいけない、いばっちゃいけない、新しいいい奴
が入ってない気がする。そういう意味でデザインコミッティーのメンバーでは(中略)運動にならない」という箇所をコミッティー
のメンバーは全員、もう一度読むべきではないか。世の中、誰かが何処がでデザイン運動やっているなど、誰も思わない時代。ホ
ストであることを忘れ、ゲストになって檜舞台に上がり、自分達を立派に見せる装置化に使っている現実。故柳宗理氏が残した、
この言葉をとても重く受け止めるべきだと指摘しておきたい。




●シャルロット・ペリアンと日本(鹿島出版会)2011
大震災のあった2011年秋から神奈川県立近代美術館から始まった巡回展の図録でもある。全編に知性が溢れ、この本自体が芸術 的な「詩」である。図録としてはもちろん、書籍としてこれ以上のものを探し出すことは難しいだろう。 一点の邪念や心の曇りを感じさせない純粋さに満ちあふれている。膨大に資料を整理して端整な編集デザインをやって見せた山口信 博氏の力量にも恐れ入る。また、日本側は「シャルロット・ペリアンと日本研究会」が監修を担っているが、フランス側というかペ リアン側も棟方志功から送られた「巻き紙」の日本招聘の手紙が保存してあった事などに大きな感銘を人々に与えている。 まだまだペリアンに関しては謎が多く、この一冊ではとても入り切れないエピソードが隠されているが、それさえも想像逞しく様々 な形に導いてしまうのも彼女の魅力の一つだろう。高額な書籍ながら増刷されているので、一定の評価は得られているが、さて、こ の本は何かの受賞を得ているのだろうか? こんなに教養に溢れ、地道な研究を積み重ねて美しい形に纏め上げたものに対する理解や讃辞が足りないことに天国でペリアン氏自 身が不思議がっている気がする。シャルロット・ペリアン(1903−1999)



●丹下健三とKENZO TANGE  豊川斎赫(とよかわ さいかく)オーム社 2013
約900ページ!厚さ6センチ!価格1万4千円!堂々たる大作、書籍で、個人による労作である。 内容は丹下と関わった門下生を中心に、その足跡との関わりとインタビュー。惜しまれるのは黒川紀章のインタビーを逃している 点などがあるが、普段の建築専門誌だけでは得られないエピソードや写真が収録されているので、一冊まるごと「大教科書」であ り「歴史書」ともなっている。ま、正直、読んでみて丹下健三氏の懐の深さや先見のめい、洞察力、センスには驚くばかりだし、 一見淡白そうな人柄の中に築いていった人脈の凄まじさに、ただただ驚嘆する。特に、1964年の代々木競技場までの10年間 は猛烈な勢いで事態が推移し、その中で失敗作は一つも見られない事。恐ろしい才能だったと言わざるを得ない。分厚い書籍だが 、何回も読みかえしたくなる衝動が押さえられない。(ただし、暇な時。) 大谷幸夫、下河辺淳、大林順一郎、川澄明男、平良敬一、田辺員人、田良島昭、槙文彦、神谷宏治、長島正充、杉重彦、磯崎新、 茂木計一郎、岡村幸一郎、吉岡三樹、荘司孝衛、阿久井喜孝、稲塚二郎、(黒川紀章)、山本浩三、井山武司、富田玲子、福澤健 次、荒田厚、鳥栖那智夫、福澤宗道、平賀国夫、加藤源、奥保多聞、谷口吉生、 海外 坪井善道、高宮眞介、中村弘道、是永益司、古市徹雄、掘越英嗣、松岡拓公雄、城戸崎博孝、 コラボ 川口衛、川胯重也、室橋正太郎、梅沢良三、播繁、松本哲夫(家具)、村井修(写真)、加藤とし子、内田道子(健三の長女) ※豊川斎赫 1973年仙台市生まれ、東京大学建築学科卒業、同大学院建築学修了




●「芸術新潮」 知られざる丹下健三

廃刊、休刊が続く「デザイン誌」から見て「芸術新潮」の進境著しい姿は輝かしく映る。ファインアートだけでなく、他の題材も探
究しているので、それがまた新しい視点として読みごたえに繋がっている。
3年前の丹下健三生誕100周年を記念しての特集は建築専門誌ではなし得ない編集素材を駆使して新しい丹下像をみせてくれた。
作品の情報を積み重ねただけでは理解出来ない「人」や「情報」の存在を切って見せている中で、丹下がグロピウスと交わした広島
の平和資料記念館についての手紙のやり取りは「建築家の活動の在り方」に強烈な訓示ではないだろうか。専門誌だけに頼らずに、
自らの情報発信を若い頃から実践していたことになり、今日のネット社会において、もし丹下だったらどのような振る舞いを見せた
むのだろうか。興味をかきたてる一冊である。



●CARグラフィック 二玄社

故小林彰太郎さん(1929-2013)
そう言えば一時代過ぎたかのように自動車関係者の大物の他界が続いた。
その中の一人に「カーグラフィック」初代編集長(1962〜1989)の小林彰太郎さんがいる。
創刊当時、氏は33才だった。
.
車好き少年だった私は小学高学年から「モーターファン」とか愛読していた。高くて毎月は変えないので、一年に一度出る「国産車
総覧」はページが破けるほど熟読していた。この中でアメ車の影響を受けた「プリンス・グロリア」が好きで、授業中に隠れて自分
なりに考案したデザイン画を描いていたりして満足していた。
で、高校1年生の夏の終わりに隣街の本屋で物色しているとあか抜けた外車の写真を表紙にした雑誌が目にとまった。
ピ?ピニン・ファリナ?の作品???カロッツェリア???何だ何だ?!となった。
ページをめくる度に信じられないほど美しい自動車が掲載されている。目から鱗、カルチャーショックとはこの事で、私の世界は思
いっきり広がった。(価格は250円だった。)
同号には、もう一つの特集として注目のホンダS500の試乗インプレッションもあった。今読んでもボキャブラリーが豊富で文学
的でありながら媚びている箇所がない。そして感動している中で理性を失わず、その高揚感を上手く読者に伝えようとしている姿勢
が素晴らしかった。
小林彰太郎さんのメチャクチャバタ臭く誇り高い人の歩みはここから始まったのだ。
お亡くなりになる数カ月前から某自動車雑誌に軽自動車のインプレッション・レポートを寄せているが、何とそこで「軽」に初めて
乗ったことを告白している。いかにも小林さんらしい。
(偶然にもS500のプロトタイプであるS360の復刻版を試乗、数週間後に亡くなった。)
氏の著書はいずれも小林カラーが濃い、大変独創的なものばかりで人生の達成感はあったと推察する。
そう言うば小林さんも「受賞」とか「勲章」といった通俗的なものと無縁だった。日本自動車殿堂入りは、それだけに氏の経歴の中
では異彩を放っている存在だが、本音をお聞きしたかった。
ご本人は謙遜して「物事をおたく化」したと表現されていたが、その功績はあまりにも大きかった。



●「工芸ニュース」編集−工業技術院製品科学研究所

日本で出版されたデザイン関係の本を一冊上げるとしたら、この「工芸ニュース」39巻5を上げることになるだろう。
「工芸ニュース」の休刊予定が決定し、その前に1945年から1970年までを「日本の工業デザイン」として特集、出版したも
のである。
内容は年単位で代表的な工業デザインを選んでいるだけでなく、その当時のニュースから世相風俗、文化、芸術、建築、工芸、そし
て海外のデザイン動向まで収められており、過去、これだけ内容の濃い「デザイン史」を目にした事は(世界的な視野においても)
皆無である。
その視点は実に明朗であり、純粋さを感じさせる。コンペ作品であっても優れたものは掲載されているし、工業製品としてエポック
メイキングなものも見逃していない。実に素晴らしい。
特に本の編集に携わる人が、この本の存在を知らないということがあっては絶対ならない必読の書だ。
あらためて読んで見ると現代の専門書の退歩を感じるのは私だけだろうか。40年以上昔の本である。



●「倉俣史朗読本」  関 康子 出版社ADP

だいたい「倉俣史朗」ってサッパリ分からない。真面目に家具とか機能主義的なデザインを信じて学んだ若い人ほど同じような感想
を述べている。そうした疑問を解く鍵としてこの「倉俣史朗読本」を上げておきたい。
これは2012年に21_21サイトで「倉俣史朗とソットサス」展のトークショーを基本として一冊にまとめられたもので、登場
人物が多く、なかなかの力作で倉俣史朗本としては最もおすすめだ。
.
しかし、これを読めば必ず謎が解ける訳ではなく、増々、倉俣史朗の謎が深まってしまうかもしれないがJAPAN INTERIOR DESIGN誌
の解明を補完してくれる存在にはなっている可能性はある。
(逆に言えば「倉俣史朗読本」はJAPAN INTERIOR DESIGN誌が補完していることになる。)
1985年の休刊後に発表された「ミス・ブランチ」に対する理解は、結局、森山和彦さんが投げかけたボールを時代が拾ったとい
う証左であることが理解出来よう。にも関わらず、この本でも「森山和彦」の名前は確か一回しか出て来ない。本書で、そこが最も
不満に思った箇所でもあった。¥3240



●「graphic design 94」

故人の追悼と言えば思い出されるのは勝見勝氏が亡くなって約半年後に出版された「勝見勝追悼号」。
※勝見勝(かつみまさる 1909-1983年11月10日)
寄せられたのは追悼文だけではなく、オマージュとしてのオリジナル作品も一緒だったので、私はその当時の関係者に対して深い尊敬
の念をいだいた。
勝見さんもまた、この本の継続についてはご苦労されたことを伝え聞いている。しかし、その踏ん張りこそが日本のグラフィック・デ
ザインを気高いものにして世界から注目を集め、追悼号においても多くの海外関係者から、その功績を讃えた追悼文が寄せられている。
「graphic design」94 追悼 勝見勝 June 1984 Summer
編集人-佐々木和古 編集長-白倉敬彦 顧問-田中一光 坂根 進 原 弘
編集委員-青葉益輝 浅葉克己 五十嵐威暢 上條喬久 麹谷 宏 佐藤晃一 長友啓典
表紙デザイン-田中一光



●ノーマライゼーションへのデザイン 川崎和男(INAX BOOKLET)1989

名古屋のINAXギャラリーにおける「ノーマライゼーション展」の図録という性格があるが、著者は正式ではないものの、「川崎和
男」でよいと思う。バリアフリーやユニバーサルデザインが叫ばれはじめた頃、障害者のデザインとせず「ノーマライゼーション」と
いう言葉を使ったことに意義と新鮮さを感じさせる。
内容は多木浩二(美術・デザイン評論家1928-2011)、吉川弘之(工学博士1933-)、柏木博(デザイン評論家1946-)各氏との対談が圧
巻で、氏が当時40才とは思えない博識の深さが見てとれる。
あれから30年が経過し、この分野は飛躍的な進化を遂げていると誰もが認めることが出来るが、一方で都市化や災害時、人口減少によ
って新しい課題も上がっている。なのに、少なくても新しい言葉が誕生していないし、コンピュータやネットワークの発達に伴う新しい
哲学も浮上してきていない。もう一度、英知を結集して常識を撃ち破る概念の誕生が期待される頃だと思う。




●Persona展図録(銀座松屋)1965

今日のグラフィックデザイナーの方向性、資質を決定的なものにした企画展図録。
参加デザイナー
粟津潔、福田繁雄、田中一光、細谷巌、片山利弘、勝井三雄、木村恒久、永井一正、横尾忠則、宇野亜希良、和田誠、亀倉雄策、他、
寄稿
勝見勝、瀧口修造、二川幸夫、梶祐輔、寺山修司、栗田勇、菊竹清訓、石元泰博、川添登、サトウサンペイ他
デザイナーの作家性を宣言したような本企画、中でもキャラクターが確立していなかった横尾忠則が田中一光の推薦で参加すると、
オリジナルに作成したイラストやポスターが社会現象を沸き起こすほどの評判となり、当時のデザイナー志望ブームを誘発する結果
となった歴史的なイベントだった。




●書を捨てよ、町へ出よう 寺山修司(芳賀書店)1972

戦争が終わって30年近くが経とうとしていた頃、そろそろ高度経済成長は終わりつつあった。ついこの前まで兵隊さんに憧れた若者
は、再び、今度は管理社会における企業戦士化が定着しつつあった頃でもあり、寺山の行動や言動は「不良」だった。人間らしく生き
ようとすれば「不良」に帰結する。富や名声を無視し、理性よりもフツフツと体内から湧き出るものを大切にする生き方。ブックデザ
インの横尾忠則氏のイラストのためにあるような、アンダーグラウンド感覚に満ちあふれた好書である。
寺山修司1935-1983¥600




●横尾忠則全集   横尾忠則  講談社 1971

横尾忠則氏35才にして「全集」を出版するモーレツさ。60年に日本デザインセンター創設時に参加しているから、20才を過ぎた
頃には頭角を現していたことになるが、それにしても、そこから僅か十年と一年しか経っていないのだ。驚きだし、1ページ1ページ
が独創性に溢れている、その量と質がものすごい。
あの喧噪とした横尾忠則ブームの中で、それに溺れず、ひたすらストイックに何かを追求し続けた軌跡の記録として卓越した著書だと
思う。
印刷技術は当時のそれなりではあるが、時代の過ごし方と、自分の年代の過ごし方の強烈な鏡でもある。この時点で、既に国宝のよう
な存在となっている。




●人生を決めた15分 創造の1/1000   奥山清行 ランダムハウス講談社

カーデザイナー奥山清行さんは時代の風雲児だ。教科書にも出ていない激しい生き方と常識にとらわれない行動は驚きの連続である。
三册目という著書にしては内容も新鮮で、氏が描いたスケッチが楽しく説得力がある。
文章は短いが、その都度、ドキッとさせられる内容は多くの示唆に富んで日本人離れしている。
デザイン関係者だけでなく、若者の必読書として推薦したい好書である。生き方が痛快だ!




●CG BOOKS シャパラル 檜垣和夫  二玄社 2008

ジム・ホール(1936- )の成し遂げた功績は全世界のシースを含む自動車関係に及び、それは巨大資本下であっても例外がないほど歴史
的であり、本質的である。
米国の石油王の息子が、自らレーシングマシンを制作し、自らがレーシングドライバーとして活躍し、理論と実践から「速く走れる」
マシーンを次々と考案し、常識を撃ち破って行く物語り。特に、1966年に登場した2Eは巨大なウイングを持った怪鳥と呼ばれ、
自動車レース界に衝撃をもたらし、僅か1年で世界のレースカーがこぞってウイングを採用しただけでも驚くべきことだった。
1970年には、その一連のダウンフォースを得る手段としてウイングに頼らず、マシン下部の空気を別に取り付けた2サイクルエン
ジンによって掃除機のように外に排出するという奇抜な(というか、独創的)アイデアを採用した2Jで終わっている。余りにもイメ
ージされているレギュレーションから外れていたことが災いした可能性が高い。
FRPという、少量製作に適した製造技術が発達していたことと、いかにも米国らしい、既存のエンジンを自由に入手出来るレース界
の風土あっての功績だが、たった一人の青年が投げかけた衝撃の大きさは、あのアップルコンピュータに匹敵するものがある。
¥2,800




●THE COMPUTER AN ILLUSTRATED HISTORY Christian Wurster 2002 TASCHEN

「コンピュータ 写真で見る歴史」クリスチャン・ワースター著
パソコンの流れが決定的となった2000年時分の著書であるが、iPodから始まるiPhoneが登場する第2幕ともいえるスマ
ートフォンへ押し寄せているバルムトップ的な概念で留まってはいるが、貴重な写真とともにコンピュータ全般の歴史を学べる書物と
して傑出していると言えるだろう。
日本のメーカーも途中までは善戦していたものの、この本に書かれている以降の歴史は惨敗の連続であり、続編が出版されたとしても、
日本ブランドはゲーム機以外思い付かないのが残念である。
本書はそうした意味でも反省のために教書であり、来るべき新ネット社会への大きな教訓と成り得る存在である。¥3,000



●プロダクトデザインの思想  企画監修-三原昌平 2002 ラトルズ

アイデアスケッチを描いて、それを基にCADで設計する。ここで留まっているのが、日本のデザイン教育である。手からフツフツと
沸き上がる形こそがデザインだなんて、絶対にあり得ない。求められるそれぞれの条件や目的を理解し、最終的な形に導く方法は結局
は多様な「思想」なのである。その「思想」、
「考え方」にどのようなものがあるのか、自問自答する行為が「デザイン」であり、それを紐解いたものが本書になる。主題となるデ
ザインを取り上げ、多くの関係者にご寄稿いただいている。思想とはデザインアプローチのことであるという意味において、美術大学
のデザイン教材として高い評価をいただいた。Vol.1〜3。¥2,000




●追悼・亀倉雄策  編集- 福西七重   発行人-江副浩正 1998

執筆陣は石岡瑛子から永井一正、横尾忠則、早川良雄などなど重たい人ばかりだ。(特に小長谷兵五さんの証言に吹っ飛んでしまう。)
ただただ、内容は亀倉雄策(1915-1997)氏の追悼一色で寄稿されているが、そこには決して他のメディアでは記されていない衝撃的な
ものがあり、大袈裟に言えば、新しい歴史の解釈を導く貴重な書物と言える。そういう意味で、発行人編集人に心から感謝申し上げたい。
(非売品)




●”座る”を考えなおす ピーター・オプスヴィック 2009 (島崎 信監修)

「座る」とか「椅子」の形はほぼ決まっていて、そこに大きな疑問を抱く人は少数派だ。
しかし、著者は一切の前提条件を設けず、椅子の形の前に「座る」形を追い求めている。誠に興味深い。
そこから導き出された「椅子」の形がカッコイイとか悪いとかに頓着せず、得られたものを如何に作るかに目を向けている。
「目から鱗」とはこの事で、一つ一つが多くの示唆に富み、ハッとさせられる椅子が次から次と溢れ出ている。本当に素晴らしい。
思考が直線的でなく、また時間を区切って研究された訳でもない、真の意味での研究開発である。
ピーター・オプスヴィック1939-


●広告批評 NO.293「特集 深澤直人の仕事」 2005 JUN

世界的な「深澤」ブームが起こりはじめた頃の特集なので、今読んでも面白い。
内容としては大貫卓也氏との対談の他、原研哉、佐藤可士和、佐藤卓、佐々木正人の分析寄稿などからになっていて、言わばプロダク
トデザイナーが他のジャンルのエキスパートから解析、評論されているという構図の本である。
残念ながら、プロダクトデザイナーが彼らを論評する場面や機会はほとんど無く、プロダクトデザインの置かれている社会性を痛感さ
せられる一冊でもある。



●感覚派のためのパソコン マッキントッシュ 阿部摂子 誠文堂新光社1985

パソコンの金字塔となるGUIを持って登場したアップル・マッキントッシュ。
それまでのかた苦しいパソコンのイメージを払拭し、キャンペーンで使われた言葉、まさしくフレンドリーなイメージだった。
しかし、一方で、発売当初は百万円という価格で、とてもフレンドリーな存在とは言えず、その時点で腰がひけてしまったことも事実
である。
そうした、発売直後に出版された本書は「感覚派のための」というタイトルに引き付けられるものが多く、買う前に読むにしても、買
ってしまった後で読む場合でも、なぜかホッとさせる存在で鮮明に記憶に残っている。
実際、内容で使われている図表の類は、マッキントッシュ専用のインパクトドットプリンターで出力されたものを版下として使ってい
るし、ここで展開されている多くのアイデアはマッキントッシュならではの、とてもグラフィカルなもの。
ブックデザインも美しく、全体にマッキントッシュをブック化すると「こうなる!」とまで思わせる著者の柔軟な思考力が伝わってく
る好書だった。¥2,000



●谷岡ヤスジ傑作選「天才の証明」 実業之日本社1999

たかがマンガ、されどマンガ。とても偉大な作品集だ。
谷岡ヤスジ(1942-1999)の傑作作品集であり、追悼本でもあり、500ページ以上とぶ厚いが、収録されている作品は一つ一つが独創
的で芸術作品のように輝いている。
谷岡氏は編集者の指摘で大人しい作風からの脱却を試み、このキュビズムとシュルレアリズムを合体したようなギャグ漫画を打ち立てた。
人(特に男性)の深層心理をえぐるような大胆なコマ構成の中に描かれた画風は額に入れて飾っておきたい衝動にかられる。
また、本書で赤塚不二夫氏の記述にある通り、「台詞」が出色で、絵との相互関係が見事であることも付け加えたいつ。
寄稿→呉智英、夏目房之介、山上たつひこ、南伸坊、奥田民生、赤塚不二夫、相原コージ゜、いしいひさいち、江口寿史、泉昌之、唐沢
なをき・俊一、しりあがり寿、東陽片岡、とがしやすたか、とり・みき、芳井一味、中崎タツヤ、和田ラヂオ





●Y・M・D マギー・ギンザー・佐伯 朗文堂
モノ・ヒト・デザイン飛躍する地場産業への提言 

グラフィックデザイナーで、彫刻家でもある五十嵐威暢氏が追った各地の地場・伝統産業での開発経緯を取り上げたもので、とても美し
い本であり、2ヶ国語で書かれている。
1963年生まれの著者はアメリカ人で、来日して米誌に日本のレポートを書いていた実績から、この本が誕生している。
いきなり日本の伝統・地場産業の古く悲惨な情況が語られていて、そこにデザインを結び付ける意義を見い出そうする意図は伝わって来
るが、常に最低でも1年単位で業績が求められ、結果を出さなければ消えていく運命は他と変わりなく、残酷な資本主義の運命まて変革
することは出来ない事を知るのみである。
ただ、この本の目的なのか、何かのための手段なのか、普通の人が理解出来ないまま、終わってしまう可能性がある。後半の特記事項は
印刷が薄くて読めないし、そもそもYMDとは山田照明のYaMaDaから取られていることを最初に提示したい。¥4,300





●実験工房 戦後芸術を切り拓く (読売新聞社)2003

神奈川県近代美術館、いわき市美術館、富山県近代美術館、北九州市立美術館、世田谷区立美術館の巡回展のための図録として発行され
ているが、その膨大な資料の再点検からの編集作業はとても立派である。
戦争が終わって焼け野原と化した日本において、僅か数年で「実験工房」の活動が芽生え、それは音楽から文学、絵画・彫刻、写真と多
岐に渡っていることが注目される所だろう。
その中心が滝口修造氏であることは自他ともに認めるところで、何時の間にか集まって、何時の間にか結果的に解散しているような集合
体だったと言えよう。
そういう定形や組織を持たない活動体としては、驚くほど資料や作品が残されていて、中でも1954年頃、大辻清司氏によって撮影された
集合(記念)写真は、ごく自然に彼等の資質が投影された傑作となっている。



●美術手帖 ポストモダンと芸術の現在 (美術出版社)1984

対談「磯崎新・多木浩二」
イタリアのラディカルデザイン運動に端を発したポスト・モダンデザイン、建築は1981年のE・ソットサス率いるMemphosで一気
に高まりを見せていた、その最もホットなうねりの中、グッドタイミングで特集された意義は大きかった。
加えて、そのトレンドの中に潜んでいる概念や言葉を、背景にある思想性と一緒に引き出して見せた二人の対談は圧巻だった。おそらく、
世界的に見ても屈指の評論だったと思う。
史学的に「モダンは現実であり、ポストモダンは記号の世界」と解析しているが、皮肉にもその言葉があたり、激しいポストモダンはこ
の時代に一気に終息して行くことになる。「生きながら死に向かって、死を早く経験するようなもの」磯崎新。




●生きのびるためのデザイン ヴィクター・パパネック(晶文社)1974

高度経済成長が終わり、石油ショックまっただ中で出版され、工業デザイナーが文化人気取りで第三世界への貢献を思考中、「いきの
びるための」を後開発国とか、未開地の営みのためのデザイン指しているものだと勘違いしていたことを恥ずかしかった。
それは「まえがき」の冒頭に記されていた。
「多くの職業のうち、インダストリアルデザイナーより有害なものはあるにはあるが、その数は非常に少ない」!ガァーン!
儲けるため、売れるため、利益のために本来のデザインが変質し、デザイナーはすっかり、それが職能だと思い込んでいる。というか、
自らの保身、つまり生きのびるために、その行為を正当化して実践していてる、との批判を骨子としている著書だった。
企業や組織では正義であっても、社会全体、場合によっては人類として見たら、それは不道徳である可能性。
デザイナーに限らず、現代人の原点を見つめる必読書かもしれない。阿部公正翻訳



●テーブルの上の建築   岐阜県オリベ創想塾  (ラトルズ)1974

岐阜県オリベ創想塾のプロジェクトを書籍化したもの。
一流建築家のカップ&ソーサーデザインを製品化し、販売する過程でのスケッチや図面、CADデータなども網羅して、非常に特異な
記録本でもある。
惜しまれるのは、こんな絶好の題材をビジュアルに置き換えられなかったこと。カップ&ソーサーを建築に見立てたタイトルを付けた
のであれば、臨場感溢れる表紙デザインと試作写真を揃えたかった。とても残念無念。



●美しい椅子 北欧4人の名匠のデザイン 島崎 信 2003

北欧椅子の巨匠、ハンス・J・ウェグナー、アルネ・ヤコブセン、ポーエ・モーエンセン、フィン・ユールの作品を解説収録している。
著者の長年に渡る研究、収集と、現地での生の交流がリアリティ溢れる編集に結実しており、文庫本ながら美しい写真と共に見応え、
読みごたえのある書籍になっている。写真の基調が揃っていることは特筆に値すると思う。
「美しい椅子」シリーズとして「にっぽんのオリジナルノデザイン力」、「世界の名作木製椅子」、「世界の名作金属椅子」、「世界
の合成素材製名作椅子」などがある。



●テールフィン時代のアメリカ車(GP企画センター)グランプリ出版 2001

第二次世界大戦が終息した1945年には、乗用車生産が70万台未満にまで落ち込んだが、瞬く間に戦勝国として景気が沸騰し、車
はアメリカ大衆の需要に応えて一気に600万台以上に達した。
市場が欲するものは「豊か」で、「虚栄心」や「所有欲」を満足させることで、現在のアメリカ車は実用品の体裁に留まろうとしてい
るが、特に50年代中盤からの「アメ車」はまるで恐竜のような巨大サイズと、必要以上に大きな排気量を持つエンジンが必須だった。
さらに、それらを誇張するために飛行機のような羽根をモチーフにしたテールが大流行し、不思議なことに競ってエスカレートしてい
った、その歴史を紹介している。逆に、なぜ巨大なテールフィンが滅んだのか、という観点から読んで見るのも面白いと思う。




●毛沢東 日本軍と共謀した男    遠藤 誉(新潮社)2015

One of Them。
出版されて間も無いが、これが真実だとしたら日本も中国も、そして世界の歴史は変わるだろう。
そして、戦勝国、敗戦国、はたまた戦犯国という分類がいかに安易なものかが良く理解出来る。
デザインとは関係の無い書籍であるが、根本のところの理解を間違えると全体がまるで違って見えるお手本になると思う。
デザイナーは何を信じ、どんなことに疑問を抱いているかで決まる。そこほ省いて本質的なデザインなどあり得ない。



●間違いだらけのクルマ選び 徳大寺有恒(草思社)1976

77万部の大ベストセラーとなって一世を風靡、著者名がペンネームだったので謎が謎を呼び、ちょっとした社会問題にまで発展した。
内容はごく真っ当で、総論と各論(車種別評価)、そして最後に車種別採点が添付されている。自動車評論としても新しかった。
徳大寺氏37才。家業がタクシー会社であったり、学生時代に本田宗一郎の息子と親しくなって本田家のクルマを乗り回したりした
事などでクルマの知識を貯え、多趣味や事業にも挑戦して失敗したことも本書の背景作りに貢献している。とてもスタンスの広さを
感じさせ、より深くクルマを理解させるイントロダクションに役立っている。「事故を起こさせない装備こそ本当の安全対策だ」、
「視界を悪くすることが、どうしてカッコいいのか」、「自動車専門誌はどこまで信用出来るか」、などと記されているものは、今
日でも問われていることである。この本の存在が、自動車評論のクラブからの破門を宣言される寸前に、氏自ら退会したという事実
を歴史はしっかりと受け止めておきたい。徳大寺有恒 1939-2014




●千利休 無言の前衛   赤瀬川原平(岩波新書)1990

利休(1522-1591)は自ら手を下していないので、現代風に言えばアートディレクターである。
著者の赤瀬川原平(1937-2014 )は美術家であり作家と多彩な活動の中、この本が出版される前年に勅使河原宏監督の映画「利休」
の脚本を手掛けているが、(それが縁で執筆を依頼されている)脚本を書いた流れとは全く違った利休解明のアプローチが興味深か
った。
あとがきで、「この本は自分なりの利休を書いただけで、資料としては何の価値もない」と記している。謙遜かも知れないが、もっ
と多くの「利休論」を待ち望んでいるようにも読みとれる。ここで書評を書くより、そのことが一番だと思えた楽しい本だった。



●明るい暗箱 クラシックカメラ選書 荒川龍彦(朝日ソノラマ)1975初版の復刻版

敗戦の焼け野原から立ち上がり、60年代にドイツ勢を撃ち破ってカメラ王国ニッポンを築き上げた功績は半世紀以上経った現代に
おいても続いている。とりわけ、ライカM3が我が国を始めとするコピーライカに対抗する名機として登場したが、ニッポンカメラ
は一眼レフに軸足を置く事を決めて、激しい特許闘争を繰り広げた部分のむ記述はとても興味深い。
また、1959年、日本光学が経営難の中から、NikonFを発表、発売しているが、同社のグラフィックデザインを担当していた亀
倉雄策氏が粗末な工場を訪ね、その工業デザインを「アドバイスしていた」と記されている。デザイン界においても、カメラ業界に
おいても、初めて披露された事実は、なかなか衝撃的だった。(亀倉氏が報酬を受け取っていなかったらしい。)

※本書では、そこだけしか書かれていないが、個人的には、その2年前に発表された連動距離計カメラ「SP」も亀倉氏が関与して
いたのではないかと想像するほど洗練されている。



●椅子と日本人のからだ   矢田部英正(ちくま文庫)2011

人間工学的視点から、座るという文化論、西洋との歴史的な比較、生活の中の細かい観察など、非常に幅広い観点から椅子を捉えよ
うとしたいる。椅子に含まれている多義性を追い求めた好書と言えるだろう。惜しい点は、冒頭、椅子についての研究のきっかけに
なったフランスのシトロエン車について書いているのに、自動車のシートというか、乗り物に全般の記述があまり見られないことと、
カバー表紙の写真が、本書の主旨と懸け離れていること。



●人間の建設   岡潔×小林秀雄(新潮文庫)1965

岡潔(1901-1978)数学者
小林秀雄(1902--1983)文学評論家
対談形式だが、どちらかと言えば岡さんが喋りまくり、小林さんが聞き役っという感じだが、内容はそれぞれの専門領域を超えて、
哲学から宗教、世界観、宇宙感、国家論などなど、留まることなく広がっている。
ひとつ、本のタイトルを選ぶとすると「無明」になるのではないかと思う。冒頭、それを世界の四賢人と引っ張りだして岡さんが
語っている部分が、この本の主題かもしれない。
今、こんな対談が少なくなった。古き良き時代のプラトニック・トークである。



●果てしなく美しい日本  ドナルド・キーン(講談社学術文庫)2002

日本人が著者の名前を見ると「異常なほどの日本贔屓とか過剰なお世辞が多い」変な外人という印象を持っていると思うが、本書を
読むと驚くほど骨太で、知的水準が高いことにビックリするだろう。我が国の文化研究者でも、著者に太刀打ち出来る人はごく少数
になると思う。
内容的には第一部「生きている日本」のボリューム的に大半を占めるが、第二部の「世界の中の日本文化」は著者のスタンスや経歴
が活かされた解析が多く、この本の主題の多くが語られている。
主題と言えば、序文は本書を書き上げた、もしくは編集を終えた後に追加されたものだと想像するが、読むのが苦手な人でも、この
単文には感銘を受けるだろう。第2次大戦の戦中、戦後を経て、ずうっと日本を観察し続けて来た秀才が綴った目から鱗の感想は、
今日においては敗戦国、先進国、経済大国、観光大国と歩んで来た日本をことごとく意外性をもって語られている。



●デザインの哲学   嶋田 厚 (講談社学術文庫)1978

1968年潮出版「デザインの哲学」の再版本と思われる。
著者は私が東京造形大学に在学中時代、「社会学」を教わった。教え方が丁寧で、60年代後半の熱狂的デザイン・ブームに警鐘を
鳴らしていた数少ない先生として印象に残っている。
本書は平易にデザイン全般について綴られているが、特色は何と言ってもW・ロストウの高度大衆消費社会を形成する5つの段階に
分けて捉えたことを紹介していることである。それは、伝統的社会→離陸先行期→離陸(テイクオフ)→成熟期→高度大衆消費社会
というもので、この物指しで捉えた歴史観をデザインの世界に持ち込んだ功績は大きい。
今振り返ってみても、我が国や中国経済の発展は、この考え方でピッタリと当て嵌まり、同時代の理解に大いに役立った。
が、その後に来るもの、来る世界は展望されておらず、皮肉にもそれがバブル経済社会ではなかったかと嶋田先生に訊ねてみたくな
ったことを思い出す。
が、決して古くなった書物でほはなく、情報社会を理解する手立てとしても大いに有効である。



●八十歳のアリア   糸川英夫 (ネスコ文藝春秋)1992

悶々としていた学生時代(1968年頃)、ロケットの糸川さんがバイオリンの製作研究をしていると知り、「人生は自由」である
ことを学んだ気がした。終身雇用なんて、人生の墓場である。
糸川英夫(1912−1999年)。
丁度、東大の教官を退官し、ペンシルロケットで有名な研究から身を引いたころであり、超エリートコースを捨てて、どんなことに
チャレンジするのか興味津々だった。(※アリアとは、ここでは御詠歌のことである。)
新聞名は忘れたが、「10年単位で人生を捉え、その一つがバイオリンの名機を作ること」とした寄稿文は本当に衝撃的で、失敗し
ないで成功ばかりで人生を終えることの無意味さを痛烈に諭された心境となった。以降、この姿勢が私の青春を支配したのだった。

と、それから25年経って書かれた本書を読むと、理想と現実の違いか、何と!45年間、糸川さんの人生の60%以上をバイオリ
ン制作に費やしていた、と吐露している。(笑)真に受けた私は苦笑するしかないが、多くの人に読んでほしい名著である。



●流線型伝説   池田邦彦 (イカロス出版)2005

第1次世界大戦と第2次世界大戦の狭間で起こった世界的、機関車の流線型ブームを紐解いている。
デザイン学科教育では米国の有名デザイナー、レイモンド・ローウィの代表作のように教えているが、この本では違った歴史観を展
開されている。
時は1934年、いったい誰が流線型の火ぶたを切ったのか?意外にも日本の「あじあ号」が世界をリードしていた可能性が叫ばれ
ているが、真相はどうなのか。テレビはもちろん無いし、グラビア雑誌が登場する直前の世界情勢において独、英、米に加えて、日
本を交えて起こった大流線型ブームは各国のプロパガンダであり、ナショナリズムのツールと化していた時代背景を理解して読むと
この上なく面白い。




●APPLEマガジン(創刊号)  水島敏雄(イーエスディラボトリ)1983

意図した事ではないようだが、偶然にも革新的パソコン、マッキントッシュの下敷きになったリサが誕生した直後の創刊号である。
そして、もう一つはキヤノン販売がアップルコンピュータの総代理店契約を結んだのは、同年の11月のこと(!)で、それまでは
日本における有力なディーラーは東レだったのだ。何と言う歴史の隠し味であることか。今でこそパソコンのGUI操作は当たり
前だが、300万円もして、やたら遅く、何が出来るのか皆目見えない時代の岐路の上に立った、初のアップル専門雑誌だった。
オークションに出されれば一冊30万円か!?というレア度である。



表紙は北原進作品

●91のメッセージ(21世紀のデザインと自然環境) 別冊デザインの現場(美術出版社)1992

1991年にニューヨークのギャラリー91で開催された91づくしの記念展に出典された作品の図録ともいえるデザインの現場別冊。
日本においては熱狂したバブル経済にピリオドが打たれ、失われた10年、そして20年、さらには30年と低迷し沈んでいく境目にあ
った時期だけに色々な意味で感慨深いものがある。日本からは梅田正徳、川崎和男、北原進、田中一光、松永真、三原昌平、森田
正樹、葉祥栄らが参加、海外からはアレッサンドロ・メンディーニらも。主催者の海老原嘉子さんの挨拶分が素晴らしかった。




●たて組ヨコ組(季刊)  (モリサワ)1983〜2002

モリサワの企業PR誌ながら、下手なデザイン雑誌以上に純粋にデザインを紐解こうとしていた。
(編集顧問=田中一光、勝井三雄、日暮真三、杉本貴志)
それと、毎号、表紙デザインが非常に個性的で、圧倒的に美しく、世界を見渡しても例がないほど高いレベルだった。企業PR誌
は、どこかぬくぬくとしたイメージが付きまとうが、ここでは普段以上の厳しさが求められた形跡を感じる。
時期的には皮肉にもDTP普及前夜にあたるが、デジタル化で得たものは極端なコスト安。これをアナログからデシダルの履き替
えて継続してもらいたかった。
また、DTP前夜とはネット化前夜ともむ重なる。ネット全盛で失ったものをデザイナーの多くはこの冊子で感じるのではないだ
ろうか。最大限の讃辞をおくりたい。



●利休形 Rikyu-Gata 茶道具の神髄・利休のデザイン(世界文化社)1991

侘茶を完成させたとする千利休のデザインした茶道具を収録、解説したもので、亀倉雄策や栄久庵憲司、田中一光らの豪華な解説
陣が連なった貴重な一冊となっている。茶室などには重点を置かず、あくまで利休ディレクションによる差道具が中心で、素材は
木材から漆器、鋳物、竹、陶器、和紙など多岐にわたっている。使い易いというより、まず侘茶の精神を追い求めた形があり、そ
れを素材ごとに適合させて、それを茶人が接する様式である。
ただ、これは利休が活動した16世紀の素材と技術で、今日の茶道界においても基本は変わらない。が、利休の目指した精神を現
代版で再考した場合には磁器を始めとして、ガラスや金属、場合によってはプラスチックまでとてつもない可能性が広がっている
ことは間違いなく、そうしたことに思いを巡らせて読むことも意義あることだと思う。
プロダクトデザイナー、必読書である。(2009年に改討版)





●森の書物 Desktop publishing 完全作例集   戸田ツトム1989

(こんなお洒落な本が、いまだにアマゾンレビューがないのが驚きである。)
アップルのマッキントッシュが発売されたのが1984年。同社のリサに続いて初のGUIパソコンには多くの可能性が潜んでいて、
その一つが机上編集ことデスクトップ・パブリッシングだった。作画ソフト、編集ソフトが出揃うまでには大した年月を要しなか
ったが、とにかくメチャクチャ遅く、使い物になるとは想像も出来なかった時期の出版である。
編集ソフトはQuarkXPress Ver1.1、作画ソフトはAldus Freehande Ver1.0が使用されている。
DTPが「たった一人で新聞が発行出来る」ポテンシャルを説きながら、デシダルでの作画の美や編集効率まで本の中身として表
現されているのはお見事で、技に溺れず、空虚な術を見せるだけで終わっていない「詩」のような本になっている。


.

●瞽女と瞽女唄の研究  ジェラルド・グローマー 名古屋大学出版会 2007
 (瞽女うた ジェラルド・グローマー 岩波新書 1914 )

歴史は単衣でない。瞽女の研究を通して常識を覆す歴史観を読むことが出来る

【研究篇】
第泄煤@総 論  近世の瞽女―障害・差別・芸能  瞽女唄の研究をめぐって
第部 日本各地の瞽女
第。部 越後瞽女唄の研究  越後瞽女の「口語り」再考―「祭文松坂」の詞章の形成過程と伝承
        その音楽形式的要素を中心に
【史料篇】
年表―瞽女関係史料 他


「瞽」とは目が見えない人をさし、字自体が「おろか」な意味を持つ。瞽の女、すなわち「瞽女」は目が見えないことにより研
ぎ澄まされた感性を持つ音楽人として生きて来た人々の逞しさと悲しさ、辛さ、そして社会の優しさと同時に、そこに付け入る
醜さまでも暴き出されている。歴史は大雑把な総論でひとくくり出来ない、複雑怪奇なものであることを著者はいみじくも外国
人という視点を合わせて研究、解析して見せた凄まじい情熱に最大限の敬意を表したい。本書は3万円と高価だし、一般人には
到底、理解が及ばない音楽などの専門分野についても記述されている。岩波新書「瞽女うた」で十分かもしれない。

ジェラルド・グローマー(国籍は米・豪)
1957-アメリカ生れ
1985-Johns Hopkins大学 大学院ピアノ科博士課程修了
1993-東京芸術大学大学院博士課程修了
2006〜山梨大学教育人間科学部(民族音楽学)教授




●casabella No.377  編集アレッサンドロ・メンディーニ 1973

一連のラディカルデザインからポストモダン・デザイン運動の起点ともなったデザイン雑誌「casabella」1973年5月号表紙。
A・メンディーニの呼び掛けで、前衛デザインの学校である工房を立ち上げ、名称を「グローバル・トゥルズ」とした記念
号であり、旗揚げ号でもあった。メンバー(スーパー・スタジオ、E・ソットサス、アーキズームなど豪華30名が映って
いて、とてつもないことが始まる予感がするが、「グローバル・トゥルズ」自体は短命で終わった。
しかし、これ以降のムーブメントとしてスタジオ・アルキミアやメンフィスと繋がり、世界を席巻していくことになる。

※イタリアの建築・デザイン誌「casabella」は有名な「domus」と同じく、創刊が1928年で世界で中枢的役割を担っている。





●MEMPHIS  Barbara Radice 1984

グローバル・トゥルズからラディカル・デザイン、スタジオ・アルキミアを経てメンフィスに結実したのが1981年だった。
結果的に、わずか4〜5年で終息した「デザイン運動」だったが、当時、A・メンディーニが世界一の発行部数を誇る建築
・デザイン誌domusの編集長であり、容赦なく同誌に掲載したので世界的にポストモダンの様式として拡散された。
この本が日本に入って来たのは、そのずぅっと後だった気がする。
真面目なデザイナーはメンフィスを評価せず「屁でもないデザイン」と罵るが、他でもないメンフィスのデザイン・コンセ
プトは「その屁でもない」こと、「不真面目さ」とか「不良」なのだから「屁でもない」と受け取ったならば、それは極く
真っ当な評価なのである。
歴史的には体制批判のダダイスムに近く、真面目に企業活動に貢献して主役を見失っているモダニズムデザインに対する批
判でもあるので、実は相当高いレペルの理解力が必要だったことになる。



●mavo No.1(創刊号)   1924

「私達は尖端に立っている。そして永久に尖端に立つであろう。私達は縛られていない、過激である。私達は革命する」
マヴォ宣言は世界に類例がないほど明解で澄み切った決意を発している。

ダダイスムは強大化した社会秩序や常識、権力に対する破壊や否定、過激な抵抗を思想とするムーブメントを指している。

世界で資本主義社会が進展した中、列強国、帝国主義国家が台頭、世界に大きな影響を与えるようになった。発明されたば
かりの飛行機は戦闘機として量産され、自動車は街の道徳を変え、巨大な戦艦を作ることに各国が血眼になった20世紀初
頭、第一次世界大戦に突入する直前の1916年、トリスタン・ツァラ(詩人)らが中心となって「ダダ宣言」がなされる。
以降、「チューリッヒ・ダダ」や「バリ・ダダ」など、都市単位での活動に広がりを見せるも「シュルレアリスム」が勢い
を見せ始めると、ダダ運動は求心力を失っていった。
しかし、日本では4〜5年遅れてダダの影響が見られ、「mavo」は関東大震災が起こる直前の1923年7月に村山知義、柳瀬
正夢ら5人で結成されたグループの同人誌で、結成翌年に創刊、7号(1925)まで発刊された。




●Secound Nature(21_21)吉岡徳仁  求龍堂  2008

人は物を作る。その作り方は進化し、次第に精緻になる。アナログからデジタルとなり、それは一層加速されている。もは
や平面においてはデジタル印刷は不同の位置付けであり、アナログ、まして版画は中心から外れテイストの美の存在だ。確
かにプロダクトにおいて、デジタル造形、すなわちCADはまだまだ始まったばかりの未開の世界で、そこに大きな可能性
が残されている。時代はそちらを一斉に向いていることは確かである。
しかし、ここでの造形論は、それ以外の自然を取り込み、形を自然ムに委ねる手法である。そこにも無尽蔵に可能性が潜んで
おり、企画者がそこに着目したことはお見事である。吉岡徳仁による「結晶の椅子」や「記憶の女神」はそのテーマを分か
りやすく、かつ美しい形で取り出した事例として、今後の芸術、デザイン分野で大きな参考になる、ある種のお手本だと言
えるだろう。夢のある本である。
21_21 DESIGN SIGHT 第4回企画展「セカンド・ネイチャー」展覧会カタログ





●SDスペースデザイン 特集「白」と「透明」の詩 鹿島出版会  1998

2000年12月号で休刊となった「SD」には心から敬意を表したい。まさに、国家的な喪失感、誠に断念でならない。
本号は「SD」としては異色の特集で、単行本にもなっている。
副題に「モダンデザインの秀作135」とあるように、優れた陶磁器やガラス製品を集めたものであり、既に生産を終え
ているものも多数あり、よく集めたものだと感心する。これだけ集めても「あれもない、これもない」となるが、分野を
分け隔てなく収録されたものとしては統一がとれている。陶磁器もガラスも、まだまだ無限大に可能性を秘めている。半
世紀経った姿を想像してみたいではないか。




●聞き書きデザイン史  企画・田中一光  六耀社 2001

グラフィックデザイナー故田中一光氏による企画出版。人生、やるべき時にやるべし。氏は出版翌年に他界している。
前書きにも、後書きにも「田中一光」の名前は出てこない。出版までの経緯を知る事が出来ないのが惜しまれる。
寄稿している25名のほとんどがグラフィックデザイナーなので、正確にはデザイン史ではなくグラフィックデザイン
史になるだろう。とにかく読後、ドッと疲れる本である。デザインは結果ばかりではなく、過程にこそ真髄が潜んでい
ると、つくづく思う。(でも、ある程度基礎知識がないとサッパリ出来ないので要注意である。)
寄稿者は下記の通り
今泉武治・今竹七郎・登村ヘンリー・川崎民昌・祐乗坊宣明・伊藤憲治・大橋 正・早川良雄・中井幸一・山城隆一・
千田 甫・西島伊三雄・多川精一・増田 正・村越 襄・黒須 寛・中村 誠・木村恒久・粟津 潔・永井一正・田中
一光・勝井三雄・杉浦康平・福田繁雄・金井 淳
(尚、後書きは別途、永井一正氏が書いている。)




●グラフィック写楽67人展(図録)  監修・福田繁雄  編集・発行毎日新聞社 1995

実行委員長−福田繁雄 
実行委員−亀倉雄策・田中一光・永井一正
写楽200年を記念した写楽オマージュ、ないしリスペクト・グラフィック/イラストレーション展の図録である。
一時代を築いたスターデザイナーが揃って健在だった時期だけに、文献としても貴重な一冊である。
東京展にはじまって、大阪や名古屋でも巡回展が開催されている。責任者の苦労に拍手をおくりたくなる。
青葉益輝 大木理人 奥村靫正 勝井三雄 UGサトー 田中一光 坪内祝義 水谷孝次らの力作が光っている。




●民藝 714  追悼特集 柳宗理の眼  民藝編集委員会 2012年
   柳宗理、水尾比呂志、小林陽太郎、瀧田項一、志賀直邦、福本稔、岩立広子、佐藤阡朗
●民藝 715  追悼特集 柳宗理の手  民藝編集委員会 2012年
   柳宗理、新井淳一、栄久庵憲司、小川弘、柏木博、多々納弘光、深澤直人、三宅一生、山下和正、吉田桂介

(始めに言っておきたいが、無印良品やバタフライツツール、イサム・ノグチのAKARIシリーズは民藝とは全
く関係ない。民藝作家???「民藝の精神」物を作る姿勢を語っても構わないが、正しく「民藝」を理解したい。)

小冊子「民藝」の柳宗理追悼号で、たくさんの人が寄稿しているが、日本民藝協会全国大会での柳氏自身の講演禄
、上・下が読みごたえがある。
「、、、柳会長はいつも同じことを喋っている。進歩がないと、、(笑)」
再び個人的見解だが、「民藝」の発見は素晴らしい功績だが、それを民藝「運動」を始めた途端に民藝に発見した
大切なものは崩壊すると思う。意図的でなく、作為的でもない、幼い子供の一つ一つの仕草に至上の美や魅力を感
じることと似ている。それを「運動」にしたらどうなるか、自明である。
これは良い民藝で、これはどうも、、とやってしまったら終わりだということだ。
民藝の商品価値を高めたり、結束したり、協調したりすることは「民藝」のルーツに反することである。
造語した宗悦氏自身が「民藝」という言葉に溺れたり、利用したりしてはならないと警鐘を鳴らしていたことをお
忘れか。また、民藝はワールドワイドじゃないし、グローバルゼーションと捉えたら主題が脇道に逸れていまなう。

世界を見渡しても半世紀以上、「運動」を継続させた事例は皆無で、つまり水が留まれは腐敗することと似ていて
、常に新しい価値観を模索している。「運動」が権力に様変わりして居座るようなことがあってはならない。
せっかく気付かなかった美にスポットライトをあてて、啓蒙出来た概念も、色々なものを取り込んで膨らませ、継
続を優先させれば弊害は必ず生じ、今度はバリア側に立つことを自覚しておく必要がある。




●デザイナー誕生:1950年代 日本のグラフィック(図録)  印刷博物館 2008

1950年代、戦後復興の混乱期の中、グラフィックデザイナーという職業が商業デザインや図案という感覚、思想
から抜け出して、今日の地位を築いた原点を探ろうとするもので、なかなかの労作である。
勿論、当時はアナログ印刷なので、版下データが残っているはずもなく、おそらく現物を撮影、もしくはスキャ
ンしたものと思われる。制作年との照合も含めて、貴重なデータとなっていてる点が評価出来る。
また、編集スタッフがデザイナーが中心になることなく、当館学芸員や大学教授、デザイン史研究家が携わった
ことは正しい在り方である。もっともっと、こういった人達が力を付けて、デザイン審査員としても活躍出来る
ようになってほしい。そういう意味で「編集者」は自ら、生年、学歴、専門分野を明らかにして仕事につくべき
であることを自覚されたい。
※表紙デザインは今、流行りの服部一成氏によるものだが、何か、内容とデザインのイメージが合致していない。




●アイデア:15回日宣美特集  誠文堂新光社 1965(表紙デザイン−亀倉雄策)
●アイデア:17回日宣美特集  誠文堂新光社 1967(表紙デザイン−河野鷹思)

前段の「デザイナー誕生」1950年代を経て、日本は高度成長期を迎えた。
64年には東京オリンピックが開催され、グラフィックデザインの分野においても飛躍的な進歩を遂げる。そし
て、横尾忠則らのスターデザイナーも注目され、一大デザインブーム、社会現象が起きた。そのまっただ中で発
売された「日宣美」特集の2册は技術レベルを比較する上で誠に興味深い。
50年代を引きずるように、まだ辿々しい入選作が垣間見られる「15回」に対して、僅か2年後の「17回」
においては全てがハイレベルで、既に現代のような一定の水準にまで到達している。喧噪感さえ漂っていたデザ
イン・ブームの熱気で包み込まれている観が見て取れる。
この3年後、日宣美は解散に追い込まれると誰が想像しただろうか。グラフィックデザイン史の生きた証人であ
り、また絶妙な隠し味ともなっている存在と言えよう。



●WITHOUT THOUGHT Vol.12(WASHING HANDS編)  ダイヤモンド社 2012

深澤直人主催「WITHOUT THOUGHT ワークショップ」の作品集。
2000年からスタートして、毎回テーマを変え、作品集を出版する。継続しているだけで立派なことだ。
WITHOUT THOUGHT、無意識とか、深く考えないデザインアプローチ。3日間ほどの研修で答えを出して行く。
ジックリと、信念にもとづいて、新技術の開発が不可欠とか、野暮なこと。
ふわふわと羽根のように宙を舞い、何ごともなかったように軽やかに着地する。
このコンセプトは世界的に評価され、関心の的となった。
日本でも失われた○十年に適合し、デフレ経済、法に触れない範囲でリ・デザインを正当化させた。
巨匠であっても「エッ?これアンタのデザイン?」論争が多発する源泉になった、とは言い過ぎか、、、。
ま、固い理屈は置いておいて、毎回、掲載されるデザインが楽しい。これはこれで良い。
但し!デザイナーよ!新規性の高いデザインは難産なことが多い。これが全てじゃないことを忘れないように。






●SUPERSTUDIO(Life Without Object) Peter Lang, William Menking  Skira社 2003

スーパースタジオは1966年、アンドルフォ・ナタリーニらによって結成された建築家集団。もっと正確に言う
と「建築・デザイン・思想活動集団」の方が適切か。
実写真にシングル・デザインを重ね合わせたコラージュで壮大な宇宙観、世界観が表現されており、本書にお
いても根源的(ラディカル)デザインの一端となる原始的道具の考察まで含まれている。一派を成しながら、
メンディーニやソットサスらのグループとも共闘している。さすが、イタリアである。

※個人的には、就職に失敗してスーパーストアの工事現場を担当させられ、徹夜になり、屋上で朝まで寝た時
に座右の書のごとくジャパンインテリア誌のスーパースタジオ特集をネオンの光りで読みふけったことを思い
出す。人生、後半になって懐かしく思い出すことの代表で、その大らかな発想に強く影響を受けた一人だった。




●光の方へ 森本草介  求龍堂 2012

2010年、千葉市緑区に写実主義絵画を中心とした「ホキ美術館」が開館した。
その創業者でオーナーの保木将夫氏は本書にメッセージを寄せている。「私がホキ美術館を作るきっかけとな
ったのは森本さんの一枚の絵に出会ったからです。(中略)たくさんの作品がならぶ中、周りの絵は何も目に
入らないくらい森本さんの絵だけが光り輝いて見えて、私は、しばらくその絵の前に立ち尽くしていました」。

また、当の森本氏はあとがきで、次のように記している。「(前段略)ホキ美術館がオープンし、又あの大震
災があった。ホキ美術館が出来てから、私の中で少し何かが変わったような気がする」。

変わったのは作者や美術界だけでなく、絵画における写実主義に対する再評価が沸き起こった。ホキ美術館は
千葉市郊外の住宅街に位置し、決して場所的に恵まれているとは言えないが、館内は何時も来場者で賑わって
いる。それも女性が多く、まるでルノワール展でも観に来たような雰囲気で、この状態こそがとても衝撃的で
、並べられた作品並に印象に残る。
特に戦後は抽象絵画一辺倒となり、写実絵画が芸術界の中心から外れて久しい中、その技法を信じて、邁進し
て来た、その先頭に立ってる一人が著者であろう。若い人達にぜひ目に触れてほしい一冊である。
※森本草介(1937-2015)1962-東京藝術大学絵画科卒、




●デザイナー×地場産業(地域から世界へ)展図録  日本デザインコミッティー 1996

コミッショナー:川上元美・黒川雅之・内田 繁

44人もデザイナーの作品をかき集めて開催された松屋銀座デパートでの展示会図録。
「マイナーなものこそメジャーだ。小さいことは力だ」(黒川雅之)と序文に書かれている。その通り!
けれど、それが必ずしも「デザイナー×地場産業」に結び付いていたとは思えない。
似たもの、マイナーなもの、小規模メーカーのデザインを集めただけにしか見えなかったのは少々残念である。







●’60s Memorial CARs 別冊CG 二玄社 2010

デザインの歴史を振り返ると大戦が終わって荒削りながら立ち上がった50年代を基礎に1960年代で輝いた多様
な形は淘汰されない前のものとして、あるいは達観されていないアイデアの時代の産物として実に魅力に富ん
でいる。本書は50年代、70年代と振れ幅はあるものの、まさに黄金時代の60年代の自動車を貴重な資料、
データとして収録されている読み応えのある一冊である。カーデザインに従事している人、カーデザインを志
望している若者必読の本と言えよう。
イタリア・スポーツカーの台頭とカロッツェリア、フランスのパナールやシトロエン、ロータス・ヨーロッパ
に代表される英国車の個性、ドイツ車の高級車、スポーツカー、大衆車が確立されたのもこの時期だ。
また、日本車においてもスバル360やホンダN360の軽自動車だけでなく、日産のスカイラインやスバル1000、ト
ヨタのクラウンやカローラなど、一時代の礎になったクルマが誕生している。
読むと、時代は本当に進化しているのか疑問に思えるほどである。





●プロダクトデザイン JIDAプロダクトデザイン編集委員会  2009

(こういう本も解説しておきたい。)
書店の店頭で見た時に顔から火が出るほど恥ずかしかった。「売れる商品はデザインで決まる」!?

人は血や臓器、心を売ってはならない決まりがある。なぜなのか。
デザインも同様で、デザインを利益とか諸々の欲望のために大切なものと交換し、売り渡してはならないのだ。
今、日本でアップルが人気だ。iPhoneは大ヒットしている乗用車の三倍以上の利益を上げている。
しかし、そのことをこの本を読んで理解出来るだろうか。
一切のタブーを破ったiPhoneがその事を証明している。
終わっているのは薄っぺらなこの本のタイトル、「売れるデザイン」である。
もうそんなことに一般大衆は騙されない。その騙されない理屈をここで展開してどうする?
日本が落ちぶれて、消えて行く。このままだと、それを象徴している本となるだろう。

つづく

岡倉天心・柳 宗悦・三原昌平



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